BIO-City対
里山の精神構造と創造学としての役割

食べられる街づくりとは、自立循環型地域づくりに他ならない。日本ならではの「里山」と称される農景観は、古来より生活と深くかかわった、生きられる地域を象徴する実体的景観としてあった。
 滋賀県の里山を主な作品のフィールドとして強烈なメッセージを送る写真家の今森氏と、里山に日本的精神を母胎にした創造学のパラダイムを探る哲学者の中沢氏の話から、日本の新しい地域づくりの展望が見えてくる。

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─そこ(里山)に人間の行為が入っていますから、生物学的な視点ではうまくいかないわけです。写真の世界でいうと、元来のネイチャーフォトの考え方ではうまく撮れないのです。僕は風景写真を撮っているという気持ちはなく、生き物の生息環境を撮っていると思っています。構図を優先にしませんから、「今森はへたくそだ」といわれても気にならない。ちょっと構図がズレていても、それも写真なのです。
 里山はひとつの宇宙になっているという気がして、まとめをしないといけません。いま、言葉だけがただ氾濫していますが、里山の本当の意味は意外に理解されていないことが多いのではないでしょうか。

今森光彦(いまもり みつひこ)
独学で写真と昆虫行動学を学び、80年から本格的に写真家としてプロ活動を開始する。74年にボルネオを訪れて以来、東南アジア、中南米、アフリカ、欧米の辺境を20年かけて踏破、その成果として出版した『世界昆虫記』(福音館書店)で、第20回木村伊兵衛賞を受賞。主な作品集・著書=『里山物語』(95)、『虫を待つ時間』(96)など。現在、撮影監督を手がけた記録映像『今森光彦の里山物語』(配給=「里山から考える21世紀」実行委員会)が全国各地で上映されている。写真© 長坂洋平


─近代主義をのり越えて、21世紀の人がこの地球で生き延びていくためには、里山のような考え方に立脚することが大切なんだと思います。人間と自然のあり方について、本当の意味で“近代”を脱出した視点が、里山にはあります。聖地なんかつくらなくていい。むしろ、人間と自然は双方から手を差しのべあって、お互いを結び合わせながら、新しい環境をつくっていくもので、そのモデルが里山の中にあると思います。そういう意味で、里山を探求していくというのは、日本人の思想の母胎にあたるものです。
中沢新一(なかざわ しんいち)
中央大学総合政策学部教授。 インド、中国ほかへのフィールドワークを続ける傍ら、宗教学、民俗学、現代思想など多肢にわたる著作を刊行。主な著作=『チベットのモーツァルト』(83)、『哲学の東北』(95)、『純粋な自然の贈与』(96)、『ブッダの夢――河合隼雄と中沢新一の対話』(98)、最新作は『フィロソフィア・ヤポニカ』(2001)。写真© 長坂洋平






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